マンコビッチ・ヌレルコフ…。>ナックルズ三信半疑
名前が原因で帰国するまえにせめてペンネームつけてみたっていいのではないのか。しかしバスケチームでペンネームを縦横無尽に駆使するにはどこをどうすればいいのだろうか…ホの字です。上半期は日記など書いてる暇があったなら猶に首が飛んでいくものの、日祝休以外はナニがどうあっても書きますもんねーだ!ぜんたい意地でしかない。意地しか存在しない脳、と言い換えてもけして過言ではないものだ。話しを戻しますが「コフ」まで文章になっている名前ってほんとうにすばらしいですね。マンコ・ビッチ・ヌレルなどという3文字でたたみかけるいさぎのよさはそうそうマネできるものではない。これでマンコビッチさんが男性だったら単なる逆セクハラでウハウハではないですか。なんという世の中だろうか!決して捨てたものではないと信じたいものだ。
詩をかじる人間らしく人名の妙味からはじめたのにはワケがあります。中川千春著「詩人臨終大全」(未知谷刊。そういえば北園克衛本の某編集さんにお会いした際未知谷本に関してミソクソに言ってたな。そう捨てたものでもないとは思いますが)を購入してチラッチラ見読みしてみたのですが、世界各地の詩人の死に様を怒濤の量で並べ立ててある。しかしだ。量が多すぎてひとりアタマの記述が最悪一行とかです(太宰とか)。アッサリ狂って死んでます。情感ナシ。記述がアッサリ味すぎるため次々に死亡例を読んでいけます。どっからでも突然読めるし。そのなかからグッとキた死亡例を何点かコメント付にて写します。抜粋箇所以下『』内。
『詩人たちの悲惨な最期は、各地でさながら地獄絵巻のように滔々と続く。』(280頁)
『フランス語によるマダガスカル最初の国民的詩人ジャン=ジョゼフ・ラベアリヴェロは、ボードレールなどに傾倒するあまり、才能ある詩人というものは、放蕩三昧の自堕落な生活、恒常的な金銭的困窮、結核のような致命的病患、そして絶えざる自殺願望を抱く者のことを指すのだ、との信条から懸命にそれらを模倣した。』この人はその後『マダガスカルの伝統的文化からも、まだフランス文化からも疎外されたという絶望的な孤独感を募らせ服毒自殺を遂げた』そうで。
これはいまで言うとヒルズ族とか呼ばれてる人々の「ジェット機でタレントと豪遊」とか「株を数万分割」の部分のみをマネる、ということか。ソレはソレでバカ丸出しですが「国民的詩人」と呼ばれてるとこから察するにフツーに作品が書けるのにも関わらずモーヲタ等とまったく変わらない行為に全人生を賭けてしまうところがどうかしてんじゃないかと思う。だれかのあとを追っかけるとそこから出られなくなるよ。あとなんたらかんたらの文化から疎外されたんならてめえの王国つくりゃいいだけではないですか。モーヲタのように。あっダメか。
『詩人というものはこの世に存在するものの中で最も非詩的なものだ、というのは詩人は個体性をもたないからだ−詩人は絶えず他の存在の中へ入って、それを充たしているのだ−太陽、月、海、それに衝動の動物である男や女は詩的であり、不変の特質を身につけている−詩人にはそれが何もない。個体性がないのだ−詩人は明らかに神のあらゆる創造物の中で最も非詩的なものだ』
これはキーツというヒトのおコトバだそうで。外側にいるから書けるんですよキーツさん。ていうかキーツさんは死際に意欲ゼロになったということか。
『もう髪の毛がありません。もう右の歯がありません。もうお金がありません。もう女がいません。もうアパートはありません。もう時間がありません。もう情熱がありません。もう体がありません。1960年2月28日、決算が済みました。もはやジェラルド・ヌヴーの署名はありません』
合掌。バルビタール酸塩などという聞いたことのないモノをのんで死んだジェラルド・ヌヴーの遺詩。キレーにまとめたがるのがシュールレアリストというものですね。
あと朝鮮の詩人である李箱(イ・サン)という人の詩がなかなかよかったですたい。本日日記題は彼の詩からの引用ですし。イさんは東京に来てフラついてたら官憲につかまってお亡くなりになったそうですよ。合掌。
さいごに本命イキますかね。
『パーシー・ビッシュ・シェリー(1792〜1822)はと言えば、親友バイロンを訪ねての帰り、スペツイア湾をヨットで航行中に夏の雷雨に遭って溺死。遺体は十日後に海岸に打ち上げられた。友人トレローティの「シェリーとバイロンの最後の日の思い出」によればこうだ。「顔と両手と、服を付けていない体の他の部分には、肉が付いていなかった。背の高いほっそりした体格、上衣、片方のポケットにはソフォクレスの本、別のポケットに、読書中に急いで突っ込まれたのであろうか、キーツ詩集が折り返されて入っていたことから、この毀損された死体は、シェリーのものに違いなかった」遭難死体は友人たちの前で火葬にされたが、バイロンは燃える詩人を直視できずに浜辺を離れた。トレローティは火傷を負いながらも燃えさかる焔の中から、焼け残ったシェリーの心臓を掻き出すと、未亡人となったメアリに贈った。彼女はそれを絹布で包み、その後長らく携えていたという。』
かっこよすぎます。パーシーって生前はあばれ牛というかアナーキーなモノを愛するナイスガイだったそうですよ。これはふさわしい最期ではないか。そしてメアリと同月日の者としてはなぜか非常に鼻高々(赤
チラ読みでしたがぜんたい服毒自殺が多い気が。あとは病気とか体制に逆らって獄死とか。なにしろ「詩人」のみにターゲットを絞った中川さんの視点勝ちですな。みなさんどんどん買うとイイですよ。
2006年01月31日
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